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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)12212号 判決

原告

飯沼日出夫

原告

財団法人銀行取引指導協会

右代表者代表理事

飯沼日出夫

右両名訴訟代理人

舟橋一夫

外一名

被告

全国銀行協会連合会

右代表者会長

山田春

右訴訟代理人

奥野利一

外二名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一被告の不法行為の有無について

〈証拠〉によると、次の事実を認めることができる。

1  原告飯沼は、昭和四八年頃からJSC国際アカデミー財団及び中小企業銀行取引指導協会を主宰し、その名称において、融資会計診断士の資格認定特別研修を開催し、会員募集を行なつていた。そして、その募集の宣伝をみると、融資会計診断士が近く国家資格化されるので、JSC国際アカデミー等の資格を取得しておくと、自動的に国家資格となることを宣伝していた(昭和四八年八月頃、右融資会計診断士に関する研修会の案内について、大蔵省はこの診断士の制度に対して認可を与えようとしている事実は全くないとして、主催者であるJSC国際アカデミー財団に対し強く抗議している。)。

原告指導協会は、右JSC国際アカデミーの後身で、昭和五〇年六月五日愛知県知事の許可をえて設立されたものであり、本来、愛知県内で、金融機関に関する知識、経済情勢などを指導し、県民の社会教育に貢献することを事業目的とするものであつたが、実際には、全国銀行取引指導協会(後日、融資会計診断士法制促進連合と改称)という任意団体を組織し、この名称を用いて、従来から行なつてきた融資会計診断士資格認定の会員募集を全国的な規模で行なつていた(原告指導協会が昭和五〇年六月設立の許可を受けたことは、当事者間に争いがない。)。

2  被告は、全国各地の銀行協会を会員として(被告連合会に加盟している銀行協会傘下の銀行は、都市銀行一三行、地方銀行六三行、信託銀行七行、長期信用銀行三行で、全国のすべての銀行をもうらしている。)、各地の銀行協会間の連絡を図り、銀行機能の発揮に努めることを主たる目的としている団体であり、各地の銀行協会は、手形交換所の設置、運営、銀行営業及び業務一般に関する各銀行、関係官庁その他の連絡などを事業目的としている。

3  原告指導協会の会員募集の方法は、まず、「貴方も弁護士や税理士のような安定した職業又は副収入(サイドビジネス)として有利な融資会計診断員(士)になつてみませんか。」という勧誘状を広く一般国民に送付し、関心を持つた人が各地区で開かれる無料説明会に出席すると、融資会計診断士法請願案や報酬規定等を配付し、融資会計診断士の法制化(国家資格)の実現を訴え、弁護士も税理士もその法制化の際には無試験、無考査で既得権者に資格を与えていたことを強調し、融資会計診断士についてもこれにならい、書類審査制度により原告指導協会が無試験、無考査で融資会計診断員(士)の資格を認定することを説明した。

そして、書類審査(無試験)資格認定申請書に審査料金二万五、〇〇〇円を添えて申込み、簡単な研修を受け、登録料金四万円を払込むと、融資会計担当員の資格が与えられ、その後五日間の研修を受けると融資会計診断員補に、その後さらに五日間の研修を受けると融資会計診断員(士)の資格が与えられる仕組み(費用の総額は一六五、〇〇〇円)になつていた。

4  昭和五二年七月頃になると、原告指導協会の勧誘に従いその主催する説明会に出席する者や審査料などを支払う者が増え、同年一一月に東京オリンピック記念青少年総合センターで開催された説明会では九〇〇の席があふれる盛況であつたといわれている。

しかし、法制化が実現せずその資格をうることができないことになると、迷惑を被る者が広い範囲に及ぶことが憂慮されたので、被告としても放置できず、大蔵省に問合せたが、同省としては全く法制化の動きはなく、その必要性も認めていないとの回答であつた。

5  また、被告は、原告指導協会の代表者である原告飯沼についても情報を収集していたところ、同人は昭和二九年に取込み詐欺で処罰されていたことが判明したので、各地の銀行協会においても、原告指導協会の動きに充分注意をすることを指示していた。

6  ところが、原告指導協会の活動はますます活発となり、社会問題化したので、新聞記者が、被告のよろず相談所にも取材にくるようになつた。

被告のよろず相談所では、同年一一月頃先に作成していた原告指導協会及び同飯沼についての内部メモ(甲第三号証)を、東京新聞、読売新聞、週刊新潮の各社の記者に配付した。この内部メモは、「銀行取引指導協会の活動」と題するもので、その中には、「なお、主催者飯沼日出夫氏は以前“交通事故管理士”で詐欺を働き、警察沙汰になつたと聞いている。」との記載があつた。

7  昭和五二年一一月二六日付東京新聞日刊は、特集記事を組み全国銀行取引指導協会の活動について報道したが、その記事の中に、「飯沼氏を、知る人ぞ知るで、かつてこれと同方式の交通事故管理士に手をつけたが、警察の注意を受けてやめたことがあるんですよ、という人がある。」という趣旨の記載があつた(甲第二号証の二)。

8  同年一〇月頃原告指導協会は会員の募集をやめているが、当時会費を払つている正会員は一万五、〇〇〇人、会費を払つていない準会員は約二万人であつた。

9  昭和五四年一一月の融資会計診断士法制化連合の総会で、幹部に対する批判が高まつたので、原告指導協会では右連合の最高幹部に出向させていた役員(会長沖中恒幸、理事飯沼日出夫、同佐藤隆)を含めて連合に対する役職員の出向を取消し、同協会として今後法制化運動を行なわないことを取り決めた。

10  今日に至るまで、融資会計診断士に国家資格は与えられておらず、またそのような動きも全く見られない。

右認定に反する〈証拠〉は、前掲証拠と対比して信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の認定事実によると、被告が新聞記者に内部メモを交付したことがあり、そのメモには原告飯沼が以前「交通事故管理士」で詐欺を働き警察ざたになつたときいている旨が記載されており、今回もこれと同じいわゆる「資格詐欺」を計画しているような誤解を与える点で正確さを欠いており、社会的な信用の高い被告の作成した文書としては軽率であるといえるが、原告飯沼が詐欺で警察ざたになつたことは事実であり、また、原告指導協会が広く会員募集の勧誘をしている行為は、もし融資会計診断士の法制化が実現しないとすれば、これが実現すると信じて金銭を支払う市民に損害を及ぼすものであり、公共の利益に関する問題であるので、融資会計診断士の制度に深い関係を有する銀行の全国組織である被告が、新聞記者の取材に応じたのは右のような公共の利益をはかる目的をもつてなされたものといえる。

ところで、前述のとおり、被告が新聞記者の右取材に応じ、交付した右メモの記載は正確さを欠いているのであるが、詐欺罪で取調べを受けたことがあるという大筋は真実を伝えているので、被告の行為が本件のような不特定多数の人に対する会員募集というきわめて公共の利害にかかわる問題について一般の慎重さを喚起する目的に出たものであり、右メモが大筋で真実を伝えていることを考えると、右メモを新聞記者に交付したことをもつて、違法な行為ということはできない。

よつて、被告の本件行為には違法性がないので、その余の点について判断する迄もなく、原告らの損害賠償請求は失当というべきである。

二以上の次第であるので、原告らの本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(山田二郎)

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